御縁玉

「それで、K子ったら朝まで・・あっ! もう電話が切れるわ!」
 U子は、脇に抱えたバッグの中からコインを探そうとしている。

「I子、もう本当に切れそうなの・・あっ、すいません」
 U子のすぐ後で電話を待っていた男が、大きな手と無精ヒゲを
U子の顔に近づけて十円玉を数枚続けて入れた。

「どうしたのよ、U子。聞こえているの?」

「うん、後ろに並んでいる男の人が十円を入れてくれたの」
 U子は、少しだけ振り向いて男を見た。男は、すっかり青葉に
なった桜の街路樹を眺めていた。もしかすると、その青葉の先に
見える生まれたての月を探しているのかもしれないと思った。

「すごいじゃない、U子。初めてじゃないの、男の人に声をかけ
られたの。あなたは発育途上だからね。いよいよ私たちと同じ大
人の仲間入りね」

「ねえ。その人どんな男? 若いの? 少々仕事に疲れたサラリ
ーマン?それとも元気ハツラツの大学生? どんな服着ている?」

「ただ、十円玉を入れてくれただけよ。I子は、いつも大袈裟な
のだから」

「何を言っているのよ。恋というもの偶然の出会いからよ。私に
は、赤い糸の予感がするわ。これが十円玉でなくて、五円玉だっ
たら本当に御縁玉なのにね。フフフ・・」

「もう! 恋のドラマはいいから、明日はどうするの? 昨日パ
ブで会った男の人達と会う約束を忘れてないでしょうね。K子は、
今日の朝、新しい靴を買いに出かけたわ。私は、六時にバイトが
終わるから、その後だったら、空いているけど・・」

「わりといい男達だったね。私は、銀のメガネの中にある涼しげ
な目をした彼がいいな。K子は、あの日焼けした太い腕の男でし
ょうね。昔からスポーツマンタイプに弱いから。U子は、あの人
でいいの?優しそうな人だけど随分老けて見える彼ね」

「私はいいの。あなた達と付き合うのは、これが初めてじゃない
のよ。早く場所と時間を決めて」

「じゃーぁー明日。サンキッズに六時半でどう?あそこで恋の作
戦会議よ。ママさんは、経験豊富だから作戦参謀に最高よ。もっ
とも失恋も多いかもしれないけど、なんでも実践と実学が大事だ
からね」

 一方的にK子が決めて、手にもったCDプレーヤーのリモコン
のボリュームを上げた。同時にヘビーメタルの金属音が、いや騒
音に近いものがU子の耳に入ってきた。

「あ、し、たー。ろ、く、じーはんね!」
 受話器に向かって、U子が大きな声で怒鳴った。電話を待つ人
が一斉にU子に注目したが、K子の騒音のせいだと説明するわけ
にもいかず、下を向いて、小さく呟いた。
「まったく、K子ったら・・」

 U子は、ネオンが光るビルの上を見つめて小さくもう一度同じ
事を呟きながら、受話器を置いた。振り返ると大きな壁があった。
壁を上にたどっていくと、そこに無精ヒゲが微笑んでいた。そし
て、そこには十円玉の男がいた。

「あのー、入れて頂いた分のお金、お返ししたいのですが・・」
 U子は、ゆっくりと聞いた。

「いいよ。コインには不自由していないさ」
 男は、大きな右手に載せた十円玉をU子の目の前に出した。

「クスッ」
 と、U子は小さく笑った。

 そして、「ありがとうございました」と言って少し首を左に傾け
た。電話を代わると男は、片手一杯の十円玉を静かに電話機の上に
置き、受話器を手にすると十円玉をスロットに落とした。

 

 

 

 

 

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